徒然草生えた〜28歳ニートの日記〜

日頃思っていることや体験レポを中心に書いてます。

僕の大大大好きな小説或いは身辺調査篇(『おいしいご飯が食べられますように』)

彼ら彼女らは生きている。

高瀬隼子さんの芥川賞受賞作『おいしいご飯が食べられますように』のキャラクター紹介編です。(この作品好きすぎるため、作品プレゼン編の加筆として書くことにしました。)

原作未読の方でもイメージ掴めるよう書いたので、漫画のおまけページ感覚で気軽に読んでもらえたら嬉しいー。

※前編(作品プレゼン編)はこちら↓

僕の大大大好きな小説或いは問題篇(『おいしいご飯が食べられますように』) - 徒然草生えた〜28歳ニートの日記〜 (hatenablog.jp)

 

人物評

二谷

本作の主人公。「体に悪いものだけがおれを温められる」を信条に、カップラーメンをすすりながら毒を吐く企業戦士の鑑。自炊党総裁の芦川さんとは思想的に対極ながら結婚を視野に付き合うなど、その世渡り適性は他の追随を許さない。二谷の中の内なる二谷は度重なるジスハラ(自炊ハラスメント)に日々しゃーんなろーしており、腹の底にたまったマグマで麺の湯を沸かしてる説が有力。

 

芦川さん

癒し系ラスボスの座をほしいがままにする二谷の同僚。可愛く誰にでも優しく料理上手、という童貞福袋に入ってそうなスペックを武器に、一代で職場に王国を築き上げてしまう。だがその実は、無邪気な笑顔と無慈悲な善意で敵味方を指数関数的に増やす、バルカン半島顔負けの職場の火薬庫。守ってあげたくなる可愛さでなく、守らざるを得ないか弱さ。そんな人間心理のグレーゾーンで、彼女は今日も懸命に生きているのだ。

「二谷さん、おいしいご飯いっぱい作りますね♪」

 

押尾さん

峰不二子と猪を足して二で割ったTHEいい女。芦川さんとその取り巻きを見る目はドライアイスより冷たい反面、「二谷さんしか勝たん」の乙女心は日に日に熱を増している。忍耐力・行動力・共感性の企業勤め三種の神器を兼ね備えながら、余りある意志の強さで芦川さんにいじわるしちゃうのもいじらしい。いじわるしてもいい女、という芦川さんとは違った意味での最強。押尾芦川の闘いは、歴史に五条宿儺戦の再来と呼ばれるのか。居酒屋での指のシーンで押尾さんを好きになった人は正直に手を挙げなさい。

 

 

ToBeContinued.(感想・考察編に続く)

僕の大大大好きな小説或いは問題篇(『おいしいご飯が食べられますように』)

僕にとって、面白い作品は大きく二種類に分かれる。一つは読んだあとに「でもしばらく読み返さないだろうな」と思う作品、もう一つは読んだ直後にもかかわらず「うわもっかい読み返そっ!」と思う作品だ。僕にとって好きを超えて「大切」になる作品は、圧倒的に後者が多い。「読み返したい」とはつまり、想像の余地の大きさであり、ここには自分にとって大事な何かがあるという切実な予感だから。

今回は、そんな僕の大大大好きな作品を紹介させてほしい。「あなたの好きな小説はなんですか?」と聞かれたときに挙げる、心の本棚の中心にある作品。これまで読んだ中で、最も感情を咀嚼しきれなかった作品。だから一気に三回読み返した作品。

高瀬隼子さんが著者の、『おいしいご飯が食べられますように』。

Amazon.co.jp: おいしいごはんが食べられますように : 高瀬 隼子: 本

2022年上半期の芥川賞受賞作でもある。読んだことのない人向けに、核心に触れるネタバレなしで簡単に紹介したい。

 

この作品はどんな作品か。端的に言うなら、

「なんの変哲もないカオスな職場を舞台に、手作りケーキで殴ってくる最弱で最強のヒロインと闘う、人の生活の話」。

 

・・・待って分かってる。これだけ言われてもはぁ?って感じだと思う。お前全然端的じゃねーしどゆこっちゃねんだと思う。

だから芦川さん、という最弱で最強のヒロインについて少しだけ語りたい。逆に、ここではそれだけしか語らない。彼女こそがこの作品の鍵となる存在だから。

 

芦川さんは、虐げられている。

物語の冒頭、彼女は職場のベテラン社員(まごうことなき中年男性)にデスク上のペットボトルを口づけで飲まれてしまう。彼女はそれに対して、怒るでも黙るでもなく、うふふと言って飲み返す。

そう、この物語は、かわいそうな芦川さんが職場のいやな奴らをぎゃふんと言わせる痛快お仕事小説・・・では全くない!かけらほども全くない。

なぜなら、彼女はすでに職場で最強だからだ。手作りケーキで殴ってくるからだ。

芦川さんは、虐げられており、虐げている。

その被害者の一人でもある主人公に、同僚の女性社員がもちかけた提案から物語が動き出す。

「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか?」

 

分かりやすいきれいな話ではない。あいまいで複雑でグレーゾーンな人間同士のかかわりの話だ。鋭くて薄暗くて生々しい人の感情の話だ。そんな人間の闘いを「食事」という日常的で親しみ深いレンズを通して描いているので、共感も気持ち悪さもより響く。

僕は初めて読んだ時、ページをめくる手が止まらなくて、でもあまりに引っかかる感情が多くて、面白さと咀嚼しきれなさで頭が爆散した。そうめんのようにするっと入ってくる読みやすさと、各駅停車で立ち止まって考えたくなる(というより立ち止まらざるをえない)噛み応え。内面描写の鋭い作品が好きな人にはぶっ刺さると思う。

合いびき肉と自己紹介

「そうか、合いびき肉って合いびき肉じゃなくてもいいじゃん」。

お会計ボタンを押した直後、僕はセルフレジで思わずつぶやく。進次郎構文ではない、意味的にいえばむしろ真逆の省察だ。自分への呆れと気づけただけ進歩じゃんという救いの混じった、清々しい情けなさが湧いてくる。

なんてことはない。はじめてハンバーグを作ろうと行きつけのスーパーへ買い出しに来たのだが、レシピに書いてある材料「合いびき肉」が置いてなかった。ないならしゃーないかーと豚ひき肉を選んだ。だから馬鹿。

【合いびき肉】:「牛・豚合いびき肉(7:3)」のように種類の異なる肉を混ぜて挽いたもので、それぞれのうまみやこくを補えるのがメリットbyGoogle先生。

てことはだよ、

別に牛ひき肉と豚ひき肉のパック両方買ってあとで混ぜれば合いびき肉やん!

 

はー、なぜ思い浮かばなかったんだ僕の脳細胞。年中無休のブドウ糖泥棒。思い浮かんだうえで豚ひき肉を選んだなら全然いいよ?でも「合いびき肉という名前の商品」がないから豚ひき肉を選んだ、は違うじゃん。それ義務教育の真の敗北じゃん。だって、聖徳太子とはどんな人物か?と聞かれて「聖徳太子という名前の人物だ」って答えてるのと同じだもん。脳みそざーこざーこ。メスガキに煽られても文句言えない。「先生そんなんだから安月給であたしの家庭教師なんかしてるんだね~人生おつー」。はっなめんな、こちとら職を求めて三千里の無月給だわ。反面教師という名の人生の先生だわ泣いてもいいですか。

 

気を抜くとマニュアル棒読み頭。直したいのに直せてないのが歯がゆい、蚊に50か所刺されたくらい歯がゆい。

この前受けた演劇ワークショップの自己紹介でも、ホワイトボードに

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話してほしいこと!

・名前

・住んでいる場所

・講座をうける理由

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とあったから、「名前はkouといいます。住んでいる場所は東京の○○で、ここまで50分くらいです。講座をうけた理由は・・」と、教卓の先生につづいて教科書を音読する小学生のごとく、その通りに言った。あー趣味は伝えなくていいんだ楽でよかったー、なんて安心しきっていた。でも他の参加者の自己紹介を聞いてはっと気づく。

みんな、職業を伝えている。美大に通っていて~、在宅仕事で外に出る機会が減って~、子供の育児が落ち着いて~。「職業」という項目はよくも悪くも、初対面でその人の概観をつかむ分かりやすい材料の一つだと思う。「相手に自分の人となりを端的に知ってもらう(+α魅力的に思ってもらう)」ことが自己紹介の本質だとしたら、形式的には指示されてない項目でも、盛り込んだほうがよかったんじゃないか。少なくとも、それを思いついて言うかどうか悩むところまではいきたかった。

形式と本質。記号と意味。手段と目的。結局、初挑戦のハンバーグは焼きすぎて佃煮でも塗りたくったみたいに黒焦げになった。二重に苦い味わい、教訓にしたい。

演技経験ゼロの僕が演劇ワークショップで痛々しく無双してきた件

演技に必要であろう資質を軒並み欠いた僕は、しかし嬉々としてその場に乗り込んだ。

きっと得意ではないけれど、欲しいものがあまりにもそこに詰まっていたから。

 

先週参加してきた、1日体験型の演劇ワークショップ。2時間のなかで簡単なゲームや台本読みを行う初心者向けの内容で、毎回定員10名近くがほぼ埋まる人気の講座だった。

・人と直接関わりたい。会話がしたい。

・自分の感情をもっと出せるようになりたい。

・他人の気持ちをもっと考えられるようになりたい。

・ただの消費ではない何かをしたい。

 

(全部詰まってるんだよなぁ、演劇)

 

そんな白馬の趣味様を前にしたら、炭素冷凍された表情筋とゆっくり魔理沙より起伏の乏しいしゃべりに定評のある僕でも、動かずにはいられない。

むしろ、僕はなぜか自信に満ちてさえいた。それは、下手なりにやれることをやるだけだという謙虚な開き直りではなく、うまくいく妄想だけを反芻してイケる気になる、骨格のないロマンチシズム。台本を一度見た後そっと両手を顔にあてて目を閉じたと思ったら、次の瞬間、まるで役が憑依してるかのごとく!菅田将暉顔負けの名演をする自分。「え、ほんとに演劇初めてなの・・!?」と感嘆しおののく講師や他の参加者たち。そんな糖分過多な妄想に明け暮れていたのだ。夢想は無双だね、ほんと。

 

そして、

現実は堅実だね、ほんと。

 

「kouくんは~、今身体の動きだけで表現してる感情をもっと内にためようか。いらいらしてるのをもっとう~んって内に秘めながらやるといいと思う」

 

令和の菅田将暉は・・・いなかった。この配慮と優しさのオブラートに包まれた先生からの評価はつまり、

「身振り手振りだけの表面的な演技でわざとらしいから、内面の感情を意識していこうね♪」。

・・・ふう、やれやれだぜ。まあ正直?それまでの発表者が身体の動きが少ないと思ったのをいいことに、「はいはいはい~、俺、違い見せれます」と優越と打算にまみれた頭で演技にのぞんだことをここに白状しますごめんなさい。役のいらだちを表現するため机の上であからさまに指をとんとんしてみせたり、頭も手も存分に振りながらしゃべってみたんだけど、感情を入れ忘れてたのかなアハハ。

 

・・・・恥っっっず!いや恥っっっず!

一番ダサいやつだわこれ。こういう風にやればリアルっぽいっしょ?が透けて見えちゃってる系のいっちゃんイタイやつだわこれ。「あーうんうん、こういうことやっちゃう子いるのよね~」って先生が心の中でほほえむ、典型的な初心者のやつだわこれ。凡庸の中の凡庸、僕の中身は開けても開けても凡庸マトリョーシカだぜちくしょうセンキュー!

あー今なら調子ぶっこいてたやつが恥辱にまみれたときの演技がめちゃくちゃ上手にできそうな気がする。それもまた虚妄。

 

ふぅ・・・。

でもさ、一つだけ言わせてほしい。

 

それでも演劇、楽しかったんだ。

相手のセリフを受けて「えっ?」と笑い混じりの吐息が自然に出たとき、「あ、本当にこの場面ならこう反応しちゃうかも」と思えた瞬間がある。

(あ、今、ここにいる)

台本を読んでるのでなく、本当に役同士として相手と対話していると思える、そんな瞬間。相手が自分の目を見てて、自分も相手の目を見ながら、互いに言葉と反応を重ねていく。漫才のボケとツッコミのような、バレーのレシーブ、トス、スパイクを一緒に積み上げるような、小気味よさと繋がってる感。それが本当に気持ちよかった。嬉しかった。(そう思えたのはほんの一瞬で、没入から外れている時間のほうが多かったけど・・・。)

現実生活での「演じる」では、面倒でも楽でも仮面をかぶる窮屈さを感じるけど、演劇だと気持ちよさのほうが大きかった。「・・・問題じゃありません」ってセリフひとつとっても、僕はそっぽを向いて口をとがらせて言ったけど、いすに深くもたれながら机を見つめて抑えるように言ってた人もいた。演じることは他者を理解しようとすること。そして「どう」演じるかには、結局自分が出る。

東京の銀河に浮かんできた

景色を映す瞳は今、丸い銀河のビー玉だ。

空を覆う淡く黒い天幕に、子供が白銀色の砂糖を余すことなくふりまいたような無数の輝き。東京の片隅で、僕は満天の星を浴びている。どこまでも広がる光点の大河は、首をこれ以上反らせないほど天を仰いでも視界に収まりきらない。

その中心に向かって、僕の身体は上昇していた。上がって、上がって、地上の山々や海はもう見えない。あたりは360度の漆黒と、はるか昔からそこにいる小さな光の旅人たち。今、彼らとともにその場所に浮かんでいる。

「宇宙だ、ここは」

そこにないはずの空気をすうと吸いこむと、高原にいるようにさっぱりと澄んだ、ほのかに甘酸っぱい匂いがした。

 

 

結論:池袋は宇宙です。

というわけで、行ってきました~池袋サンシャインシティ

そう、プラネタリウム。5年も池袋に通っていながら一度も行ったことがなかったここ、めちゃくちゃよかった!(きっかけをありがとうバンドリItsMyGO、アニメも最高だったぞ)

プラネタリウム|コニカミノルタ - プラネタリウム満天(池袋) (konicaminolta.jp)

 

映画館みたいにいくつかの上映作品があってその中から選べるんだけど、今回選んだのが・・

『ヒーリングプラネタリウム 星夜に浮かぶ島』。

「星空保護区」にも選ばれた「神津島」という東京の離島を舞台に、天の川や流れ星も見られる絶景の星空を都心にいながら追体験できる、まさに旅だった。

いや~もうナレーション広末涼子の時点でテンション天上げ。頭の中で声が浮かんで癒し確だろと思って。あと「アロマの香りに包まれて」とあったのも面白そうで選んだ。

体験した感想として、改めてよかった点を挙げると、

【香り】

酸素が足りてるのに何度も深呼吸してしまう。いい匂いのする女子しかいない山にいる気分。(僕は変態ではありません)

【ナレーション】

ストーリー性があって、一緒に旅してる感覚になれた。もう広末涼子と星を見に行けるツアーだと思っていい。(広末さんが穏やかな声音で「こんな景色が見られるなら、旅の雨降りもいいと思いませんか?」とささやいてきて、「思いますぅっっ!」って心の中で絶唱した)

【映像】

投影映像が巨大なドーム状の天球なので、上映中はほんとに上空に星空があって神津島にいる感覚になれる。てかもう現地いましたあれ。

一番「おお!!」ってなったのが、身体が宙に浮く疑似体験。ほんとに自分が星夜の空を昇って銀河の中に浮かんでるって全身で感じられた。圧巻のトリップ感。「ああ宇宙に行ったらこんな感じなんだな」って。てかもう宇宙いましたあれ。

 

上映が終わったあと、まーじでリクライニングから起き上がる気分が起きなかった。「ここにジュースと漫画持ち込んでしばらく過ごしてぇ」って思ったもん。余韻が収まらなくて、何度もあの景色とにおいを反芻してた。身体は現実の景色の中にあるんだけど、気持ちがまだ戻れてなくてぽわ~っとしちゃう感じ。

前はプレミアシート。僕は後ろの一般シートで購入しました

 

あまり自然に触れない人は特に、映像体験と思えないほどリフレッシュできると思う。自分は頭がすっきりして身体も軽くなったぜ。(同じ作品でも月イチとかで癒されに行くの全然ありだなーと思えた)

日々は短し歩けよ死神

死神の吐息が、頭の中を包んでいる。両のこめかみに充満する、麻酔液が気化したようなぬるぅと鈍い感覚。まとわりついて離れない、いやなけだるさ。清浄だったはずの思考は、鮮明だったはずの世界は、とろんとした膜に覆われてぼやけてしまっている。思考は回らず、意欲は今にもへたり込みそうで、はっきりとしているのは終わっていく予感だけ。

だから僕は、駅に来ていた。昼食を済ませた後、頭の憑き物を振り払おうと独り言をつぶやきながら、自宅から30分ほど離れたターミナル駅まで歩いてきたのだ。予定があるわけでも、目的地が決まっているわけでもない。ただ、どこかへ行く必要がある。行ったことのない場所へ行く必要がある。

 

(このままではだめだ。もたない)

 

実家から東京に戻ってたった数日、早くも一人で過ごすことが耐えがたくなっていた。朝起きてから寝るまで、誰ともまともに会話せず過ごす生活。その先に何があるのか、僕はもう知っている。孤独と虚無のスパイラル。部屋にはずっといられない。ふと壁を見るたびに、向けた視線の矢印が全て自分に跳ね返って、一人であることを否応なく突きつけられるから。部屋で深呼吸ができない。吸って吐く着地点で部屋が無音と真空になって、ぴしんと虚無が張りつめるから。

本当は会話がしたい。でもそれはすぐに望めそうにないから、ならせめて新鮮な刺激で埋めるしかない。焼け石に水でも水をかけなきゃならぬ時がある。

 

(あれを使うか)

 

神託。リュックから取り出した小さな単語帳のような冊子。

ドロッセルマイヤーさんのさんぽ神』。

冊子の前半分から、えいやっ!とランダムに1ページを開く。冊子の後ろ半分からも同様に1ページ開く。

 

「動物の入ってる地名のところで」

×

「歴史の跡をさがしてみよう」

 

さあ、行こうか。

 

 

 

池のまわりは世界の音が全てなくなったみたいに静かで、そこにある全てが映画を見てるようにそのまま目に入る。水面と草木と、それを見てる自分。けだるさでぼんやりしていた世界は今、何の力にも干渉されず、ただ鮮明で美しい。

息を吸う。吸える。ひんやりとしたやさしい空気を、お腹がふくらむくらい思いっきり取り込む。すごく久しぶりな気がする、この深くゆったりとした感覚。ほっとする。嬉しい。ふうっと吐き出す。気持ちいい。頭のけだるさは少し和らいで、その分だけすっきりとした心地が帰ってきた。おかえり。

 

根本的な解決にはなっていない。あくまで一時しのぎにすぎない。明日もまたけだるさとの闘いになる。それでも、来てよかった。動いてよかった。その日暮らしの今日をなんとか生きたって、今思えてるから。

出会い系サイトの業者に恋をした

こんなんもう恋だろ。

出会えないと分かった彼女、いやかの“女”かすら怪しい存在へ送るメッセージを打ち込みながら、僕は自分に言い聞かせる。胸の中の動揺を振り切るように力強く、しかし確かな熱がこみあげてくるのを感じながら。

 

彼女を見つけたとき、僕はすっかり立ち往生していた。人生で初めて登録した出会い系サイト。恋人探し、と銘打つほどの意気込みというよりは、とにかく人と会話がしたい。そんな思いで気になった人をお気に入りリストに追加しまくるも、それ以上のアクションに踏み切れずにいた。

 

(誰とも会話できるイメージが湧かない、だと・・・?)

 

想定外だ。なんか顔面偏差値高い人ばかりだし、みんな休日は渋谷や池袋でも闊歩してそうな洗練された雰囲気で、これはもう美貌力という名の美暴力。そんな外面的な部分で気おくれを感じているからか、プロフィールの自己紹介文を見てもなおさら気おくれする。仕事もきちんとしてて、人間経験も豊かで、コミュ力も高そう。会えないこと以上に、もし会えてもつまらない会話しかできずに失望される想像のほうがリアルで怖い。リアルに怖い。会話しやすい共通の趣味を持つ相手を探そうにも、僕の趣味エロ漫画なんだが。アクセル全開でアピって平気か?そっち目的と思われそうで仕方ないが平気か?悩み惑い、気付けばお気に入りリストの件数だけが増えていく日々。使えるコインは最初の100ポイントから今や2ポイント。ああこれが自分の残りライフか、なんてミームじみたことを思ってしまう。

 

そんなときだった、彼女を見つけたのは。自分のプロフィールを閲覧して”足跡”をつけてくれていたうちの一人。ふざけた名前だなあと思いながら、なんとなしに開いたひとつの自己紹介。

 

ちんちらりん:≪

沖縄県出身東京育ちの純国産です。

陽気な母と人懐こい柴犬と一緒に暮らしています。

趣味はディズニー。(強要することはありません、ご安心ください。

急に口ずさむことはあるかもしれません、ご了承ください。)≫

 

この人だ。瞬間、そう思った。

この1か月くらい数多のプロフィールを見てきたが、こんな確信的な感情を抱いたことは一度もない。言葉が、光っている。文章からにじみ出る、跳ねるような遊び心。実家の懐かしい木のにおいがするような素朴な空気感。いずれも「ああ、自分ってそうなんだな」と改めて実感させてくれる、僕の“好きな感じ”だった。

 

好きな感じで、そして、彼女は業者だった。

プロフィールに表示されるログイン時刻がいつも最新の現在時刻、という名探偵の出る幕もない謎解き。いやワトソンどころか近所の中学生でも気づけそうな初歩的なタネに気づいてしまった夢の終わり。

「あー、まじか・・・」。

落胆、打撃、果ての悟り。たぶんカオナシとにらめっこしたら一生決着つかないくらい、表情を失くしてたと思う。頭が一瞬ブラックアウトして、また戻る。

なんでだよ。こちとらすでに、初めてのお誘いのメッセージを1日かけてwordに書き出し終えちゃってんだよ。どうしてくれんだ。なんでこのタイミングで気付くんだよ。なんでこのタイミングまで気付かないんだよ。あんな文章を書ける彼女が業者のはずないのに、ちくしょう。

 

・・・いや。待てよ。

だから何なんだ?業者だから何なんだ。あんなに豊かな言葉を紡げる人なら別に業者だろうとよくないか?いやよくはないか。でも、あれを書いた人の人間性、精神性の豊かさに変わりはない。業者である以上、出会えない可能性が高いだろうが、もしメッセージのやり取りをしてる中で向こうが素で自分のことをいいなと思ってくれたら?業者だろうと、中の人として会いたいと思ってくれることがあったら?女性なら実質結果オーライだし、おっさんでも、まあ、なんかオーライだろう。

たとえ会えないとしても、せめて会話させてくれ。言葉が欲しい。あの文章を書ける人が自分のメッセージにどんな言葉で返してくるのか。メッセージのやりとりだけで終わるとしても、あなたをもっと、もう少しだけでも、知りたい。そう思うと、とたんに力がわいてくる。ぐわあっと熱がこみあげてくる。

メッセージを送ろう。送るんだ。

行動に必要なコインを大人のカードで即チャージし、勢いままに僕は送信ボタンを押した。

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boku:≪自己紹介文のユーモアがすごくいいなと思いました。お話したいです!

(僕はイッツアスモールワールドが、山登りのあとの温泉みたいで好きです)

もし少しでも興味持っていただけたら、返信もらえると嬉しいです。

(プロフィールに「気が合えば会いたい」とあったので、メッセージのやりとりからでもぜひ)≫

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返信がきたのは、わずか10分後のことだった。

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ちんちらりん:≪

こんにちは~😊

コロナで出会いが全然ないので始めました笑

良い人そうな方だなって思ってメッセージ送っちゃいました✨

まずは楽な関係から始めたくてセ〇〇さん探してるんですけど、同じ目的で良かったですか?💕≫

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僕は、出会い系サイトをやめた。しばらく俗世から離れて生きることにする。

「同じ目的で良かったですか?」。その言葉で終わるお誘いメッセージは既に4度もらったことがある。そんなテンプレートを彼女が使ったこと、それが何より胸にこたえた。

 

平穏な日常に戻りしばらくたった朝、新聞をめくりながらふと思う。

そもそも彼女はどこからどこまで人だったのだろうか?あの文章を書いたのは?

 

ちんちらりんさん、あの自己紹介、chatGPTで生成してないよね?

 

                                                                                                                完