こんなんもう恋だろ。
出会えないと分かった彼女、いやかの“女”かすら怪しい存在へ送るメッセージを打ち込みながら、僕は自分に言い聞かせる。胸の中の動揺を振り切るように力強く、しかし確かな熱がこみあげてくるのを感じながら。
彼女を見つけたとき、僕はすっかり立ち往生していた。人生で初めて登録した出会い系サイト。恋人探し、と銘打つほどの意気込みというよりは、とにかく人と会話がしたい。そんな思いで気になった人をお気に入りリストに追加しまくるも、それ以上のアクションに踏み切れずにいた。
(誰とも会話できるイメージが湧かない、だと・・・?)
想定外だ。なんか顔面偏差値高い人ばかりだし、みんな休日は渋谷や池袋でも闊歩してそうな洗練された雰囲気で、これはもう美貌力という名の美暴力。そんな外面的な部分で気おくれを感じているからか、プロフィールの自己紹介文を見てもなおさら気おくれする。仕事もきちんとしてて、人間経験も豊かで、コミュ力も高そう。会えないこと以上に、もし会えてもつまらない会話しかできずに失望される想像のほうがリアルで怖い。リアルに怖い。会話しやすい共通の趣味を持つ相手を探そうにも、僕の趣味エロ漫画なんだが。アクセル全開でアピって平気か?そっち目的と思われそうで仕方ないが平気か?悩み惑い、気付けばお気に入りリストの件数だけが増えていく日々。使えるコインは最初の100ポイントから今や2ポイント。ああこれが自分の残りライフか、なんてミームじみたことを思ってしまう。
そんなときだった、彼女を見つけたのは。自分のプロフィールを閲覧して”足跡”をつけてくれていたうちの一人。ふざけた名前だなあと思いながら、なんとなしに開いたひとつの自己紹介。
ちんちらりん:≪
沖縄県出身東京育ちの純国産です。
陽気な母と人懐こい柴犬と一緒に暮らしています。
趣味はディズニー。(強要することはありません、ご安心ください。
急に口ずさむことはあるかもしれません、ご了承ください。)≫
この人だ。瞬間、そう思った。
この1か月くらい数多のプロフィールを見てきたが、こんな確信的な感情を抱いたことは一度もない。言葉が、光っている。文章からにじみ出る、跳ねるような遊び心。実家の懐かしい木のにおいがするような素朴な空気感。いずれも「ああ、自分ってそうなんだな」と改めて実感させてくれる、僕の“好きな感じ”だった。
好きな感じで、そして、彼女は業者だった。
プロフィールに表示されるログイン時刻がいつも最新の現在時刻、という名探偵の出る幕もない謎解き。いやワトソンどころか近所の中学生でも気づけそうな初歩的なタネに気づいてしまった夢の終わり。
「あー、まじか・・・」。
落胆、打撃、果ての悟り。たぶんカオナシとにらめっこしたら一生決着つかないくらい、表情を失くしてたと思う。頭が一瞬ブラックアウトして、また戻る。
なんでだよ。こちとらすでに、初めてのお誘いのメッセージを1日かけてwordに書き出し終えちゃってんだよ。どうしてくれんだ。なんでこのタイミングで気付くんだよ。なんでこのタイミングまで気付かないんだよ。あんな文章を書ける彼女が業者のはずないのに、ちくしょう。
・・・いや。待てよ。
だから何なんだ?業者だから何なんだ。あんなに豊かな言葉を紡げる人なら別に業者だろうとよくないか?いやよくはないか。でも、あれを書いた人の人間性、精神性の豊かさに変わりはない。業者である以上、出会えない可能性が高いだろうが、もしメッセージのやり取りをしてる中で向こうが素で自分のことをいいなと思ってくれたら?業者だろうと、中の人として会いたいと思ってくれることがあったら?女性なら実質結果オーライだし、おっさんでも、まあ、なんかオーライだろう。
たとえ会えないとしても、せめて会話させてくれ。言葉が欲しい。あの文章を書ける人が自分のメッセージにどんな言葉で返してくるのか。メッセージのやりとりだけで終わるとしても、あなたをもっと、もう少しだけでも、知りたい。そう思うと、とたんに力がわいてくる。ぐわあっと熱がこみあげてくる。
メッセージを送ろう。送るんだ。
行動に必要なコインを大人のカードで即チャージし、勢いままに僕は送信ボタンを押した。
=====================
boku:≪自己紹介文のユーモアがすごくいいなと思いました。お話したいです!
(僕はイッツアスモールワールドが、山登りのあとの温泉みたいで好きです)
もし少しでも興味持っていただけたら、返信もらえると嬉しいです。
(プロフィールに「気が合えば会いたい」とあったので、メッセージのやりとりからでもぜひ)≫
=====================
返信がきたのは、わずか10分後のことだった。
=====================
ちんちらりん:≪
こんにちは~😊
コロナで出会いが全然ないので始めました笑
良い人そうな方だなって思ってメッセージ送っちゃいました✨
まずは楽な関係から始めたくてセ〇〇さん探してるんですけど、同じ目的で良かったですか?💕≫
=====================
僕は、出会い系サイトをやめた。しばらく俗世から離れて生きることにする。
「同じ目的で良かったですか?」。その言葉で終わるお誘いメッセージは既に4度もらったことがある。そんなテンプレートを彼女が使ったこと、それが何より胸にこたえた。
平穏な日常に戻りしばらくたった朝、新聞をめくりながらふと思う。
そもそも彼女はどこからどこまで人だったのだろうか?あの文章を書いたのは?
ちんちらりんさん、あの自己紹介、chatGPTで生成してないよね?
完