僕にとって、面白い作品は大きく二種類に分かれる。一つは読んだあとに「でもしばらく読み返さないだろうな」と思う作品、もう一つは読んだ直後にもかかわらず「うわもっかい読み返そっ!」と思う作品だ。僕にとって好きを超えて「大切」になる作品は、圧倒的に後者が多い。「読み返したい」とはつまり、想像の余地の大きさであり、ここには自分にとって大事な何かがあるという切実な予感だから。
今回は、そんな僕の大大大好きな作品を紹介させてほしい。「あなたの好きな小説はなんですか?」と聞かれたときに挙げる、心の本棚の中心にある作品。これまで読んだ中で、最も感情を咀嚼しきれなかった作品。だから一気に三回読み返した作品。
高瀬隼子さんが著者の、『おいしいご飯が食べられますように』。
Amazon.co.jp: おいしいごはんが食べられますように : 高瀬 隼子: 本
2022年上半期の芥川賞受賞作でもある。読んだことのない人向けに、核心に触れるネタバレなしで簡単に紹介したい。
この作品はどんな作品か。端的に言うなら、
「なんの変哲もないカオスな職場を舞台に、手作りケーキで殴ってくる最弱で最強のヒロインと闘う、人の生活の話」。
・・・待って分かってる。これだけ言われてもはぁ?って感じだと思う。お前全然端的じゃねーしどゆこっちゃねんだと思う。
だから芦川さん、という最弱で最強のヒロインについて少しだけ語りたい。逆に、ここではそれだけしか語らない。彼女こそがこの作品の鍵となる存在だから。
芦川さんは、虐げられている。
物語の冒頭、彼女は職場のベテラン社員(まごうことなき中年男性)にデスク上のペットボトルを口づけで飲まれてしまう。彼女はそれに対して、怒るでも黙るでもなく、うふふと言って飲み返す。
そう、この物語は、かわいそうな芦川さんが職場のいやな奴らをぎゃふんと言わせる痛快お仕事小説・・・では全くない!かけらほども全くない。
なぜなら、彼女はすでに職場で最強だからだ。手作りケーキで殴ってくるからだ。
芦川さんは、虐げられており、虐げている。
その被害者の一人でもある主人公に、同僚の女性社員がもちかけた提案から物語が動き出す。
「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか?」
分かりやすいきれいな話ではない。あいまいで複雑でグレーゾーンな人間同士のかかわりの話だ。鋭くて薄暗くて生々しい人の感情の話だ。そんな人間の闘いを「食事」という日常的で親しみ深いレンズを通して描いているので、共感も気持ち悪さもより響く。
僕は初めて読んだ時、ページをめくる手が止まらなくて、でもあまりに引っかかる感情が多くて、面白さと咀嚼しきれなさで頭が爆散した。そうめんのようにするっと入ってくる読みやすさと、各駅停車で立ち止まって考えたくなる(というより立ち止まらざるをえない)噛み応え。内面描写の鋭い作品が好きな人にはぶっ刺さると思う。